災害時の賃貸トラブル|地震・台風でアパートが被害に遭ったら?
日本は地震や台風といった自然災害が非常に多い国です。もし、あなたの住むアパートが大規模な災害に見舞われたら、一体どうすれば良いのでしょうか。
建物の損壊、家財の被害、そして住む場所の確保。パニックの中で、家賃の支払いや修理費用の負担といった、大家さんとのデリケートな問題に直面する可能性があります。災害時に賃貸物件で被災した際に起こりうるトラブルと、その具体的な対処法を法的な観点も交えて徹底解説します。
被災直後の行動から、公的支援の活用法、そして未来のための物件選びまで、あなたの生活と権利を守るための知識を網か。
1. 身の安全の確保が最優先
大規模な地震や台風に遭遇した際、何よりもまず優先すべきは、あなた自身と家族の生命と身体の安全を確保することです。建物の損傷や家財の状況が気にかかる気持ちは分かりますが、まずは冷静に、そして迅速に命を守るための行動を取ってください。
災害発生直後の行動原則
- 揺れを感じたら(地震の場合):
屋内にいる場合: まずは机やテーブルの下に隠れるなどして、頭部を保護します。慌てて外に飛び出すと、落下物やガラスの破片などで怪我をする危険があります。揺れが収まるのを待ちましょう。
屋外にいる場合: 落下物の危険がない、開けた場所(公園など)へ移動します。ブロック塀や自動販売機など、倒壊の危険があるものからは離れてください。 - 暴風警報が出たら(台風の場合):
不要不急の外出は絶対に避ける: 暴風で飛んできた看板や瓦礫に当たる危険性が非常に高いです。窓から離れた、家の中心部に近い場所で待機するのが比較的安全です。
窓ガラスの飛散に注意: 窓にシャッターや雨戸があれば必ず閉め、ない場合はカーテンを閉め、窓際から離れて過ごしましょう。
初期消火と避難経路の確保
- 火の始末: 地震の揺れが収まったら、ガスコンロなどの火を消します。もし火災が発生してしまった場合は、初期消火に努めます。天井に火が燃え移る前であれば、消火器や濡れたタオルケットなどで消火できる可能性があります。しかし、少しでも危険を感じたら、消火活動よりも避難を優先してください。
- 避難経路の確保: 玄関のドアを開けて、避難経路を確保します。建物が歪むと、ドアが開かなくなる恐れがあるためです。
正しい情報に基づいた避難
- 公的な情報源の確認: スマートフォンや携帯ラジオなどを活用し、国や自治体が発表する避難勧告や指示に従ってください。デマや不確かな情報に惑わされないよう、情報源の確認が重要です。
- 避難場所へ: 自宅での安全確保が困難だと判断した場合は、ためらわずに指定された避難場所へ移動します。移動の際は、できる限りヘルメットなどで頭部を保護し、周囲の状況に注意を払いましょう。
アパートの被害状況の確認や大家さんへの連絡は、あくまで身の安全が確保された後に行うべきことです。災害の規模が大きいほど、通信や交通が麻痺し、すぐに連絡が取れないことも十分にあり得ます。まずは生き延びること、そして怪我をしないこと。それが、その後の生活再建に向けた最も重要な第一歩なのです。
2. 建物の被害状況の確認と写真での記録
身の安全を確保し、周囲の状況が少し落ち着いたら、次にやるべきことは建物の被害状況を正確に把握し、客観的な証拠として記録に残すことです。この記録は、のちの大家さん・管理会社との協議や、保険金の請求、公的な支援を受ける際に、極めて重要な役割を果たします。
確認作業の際の注意点
- 二次災害に最大限の注意を払う: 確認作業は、余震や建物の倒壊、落下物などの危険がないと判断できる範囲で、慎重に行ってください。少しでも危険を感じる場所には、決して立ち入らないでください。
- 複数人で確認する: 可能であれば、家族や隣人と一緒に、複数人で確認作業を行いましょう。万が一の事態に備えることができます。
- 無理はしない: 全ての被害を一度に確認しようとせず、安全な範囲から、できるところまでで構いません。
記録すべき箇所の具体例
建物の「どこが」「どのように」被害を受けたのかを、具体的に記録していきます。
- 建物全体:
- 外壁のひび割れ、剥離、傾き
- 屋根瓦のズレ、破損、飛散
- 窓ガラスの割れ、サッシの歪み
- 共用部:
- 廊下や階段のひび割れ、手すりの破損
- エントランスドアやオートロックの故障
- 敷地内のブロック塀の倒壊
- 専有部(自分の部屋):
- 壁紙の破れ、壁の亀裂、天井の損傷
- 床の傾き、浸水
- 玄関ドアや室内ドアの開閉不具合
- キッチン、トイレ、浴室などの水回り設備の破損や水漏れ
「写真」による記録の重要性
被害状況は、必ず写真に撮って記録しましょう。写真は、被害の程度を客観的に示す動かぬ証拠となります。
- 「引き」と「寄り」で撮影する:
- 引きの写真: 被害箇所の全体像がわかるように、少し離れた位置から撮影します。(例:ひび割れた壁全体)
- 寄りの写真: 被害の具体的な状況がわかるように、接写して撮影します。(例:ひび割れの幅がわかるようにメジャーを当てる)
- 日付がわかるように撮影する: 写真データには撮影日時が記録されますが、念のため、日付の入った新聞などを一緒に写し込んでおくと、より証拠能力が高まります。
- 動画も有効: ドアが開閉しにくい様子や、水漏れが続いている状況などは、動画で撮影しておくと、より状況が伝わりやすくなります。
これらの記録は、感情的になりがちな災害後の交渉において、冷静かつ客観的な事実に基づいて話し合いを進めるための不可欠なツールです。手間はかかりますが、この最初のステップを丁寧に行うことが、最終的にあなた自身の権利と生活を守ることに繋がります。
3. 大家さん・管理会社への報告と今後の対応の協議
建物の被害状況の確認と記録が終わったら、速やかに大家さんまたは管理会社へ連絡します。災害の規模によっては電話が繋がりにくい場合もありますが、根気強く連絡を試みてください。この報告と、その後の協議が、生活再建に向けた具体的な一歩となります。
報告すべき内容
感情的に「大変だ!」と伝えるだけでなく、前章で記録した内容を元に、具体的かつ客観的に状況を報告することが重要です。
- 入居者の安否: まず、自分自身や同居人の安否を伝えます。
- 建物の被害状況:
- 「外壁に大きなひび割れが入っています」
- 「窓ガラスが割れて、雨風が吹き込んでいる状態です」
- 「玄関のドアが歪んで、鍵がかからなくなりました」 といった形で、具体的に報告します。可能であれば、撮影した写真をメールなどで送付すると、より正確に状況が伝わります。
- 居住の可否についての見解:
- 「このまま住み続けるのは危険だと感じます」
- 「水漏れがひどく、生活できる状態ではありません」 など、住み続けることが可能かどうかの、あなたの見解も伝えましょう。
協議すべき今後の対応
報告と合わせて、今後の対応について協議を開始します。災害直後で大家さん側も混乱している可能性があるため、冷静に、そして今後の流れを確認する姿勢で臨みましょう。
- 修理の見通し:
- いつ頃、専門業者による被害状況の確認(現地調査)が行われるのか。
- 修理にはどのくらいの期間がかかりそうか、大まかな見通しを確認します。
- 修理中の仮住まいについて:
- 修理が終わるまで住めない場合、代替の住居の提供や、家賃の減額・免除についてどうなるのかを確認します。(詳細は次章以降で解説)
- 連絡体制の確認:
- 今後の進捗状況などについて、誰が、どのような方法(電話、メールなど)で連絡をくれるのか、窓口を明確にしておきます。
協議内容の記録
大家さんや管理会社の担当者と話した内容は、必ず記録に残しておきましょう。
- メモを取る: 通話日時、担当者名、話した内容の要点をメモしておきます。
- メールでのやり取り: 可能であれば、重要な合意事項はメールなどの文面に残る形でやり取りすると、「言った・言わない」のトラブルを防ぐことができます。「先ほどお電話でご確認させていただきました内容を、念のためメールでもお送りいたします」といった形で送るとスムーズです。
災害時は、誰もが混乱し、動揺しています。だからこそ、客観的な事実に基づいた報告と、今後のアクションプランの冷静な協議、そしてその内容の記録が、無用なトラブルを避け、円滑な生活再建を実現するために不可欠なのです。
4. 修理が終わるまで住めない場合、家賃は発生する?
地震や台風によってアパートが損壊し、修理が終わるまで住めなくなってしまった場合、多くの入居者が抱くのが「家賃を払い続けなければならないのか?」という疑問です。これについては、民法で明確なルールが定められています。
原則:住めない部分・期間の家賃は減額・免除される
民法第611条では、賃貸物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額されると定められています。
これを災害のケースに当てはめると、以下のようになります。
- 入居者の責任ではない: 地震や台風といった自然災害は、当然ながら入居者(あなた)の責任ではありません。
- 住めない=使用収益できない: 建物が損壊し、居住が困難な状態は、まさに「使用収益できない」状態にあたります。
したがって、アパートが被災して住めなくなった部分や期間に応じて、家賃は法律上、当然に減額(あるいは全額免除)されます。これは、大家さんや管理会社が「払ってください」と言っても覆せない、入居者の正当な権利です。
家賃が減額されるケースの具体例
減額の割合は、被害の程度によって決まります。
- 一部使用不能の場合:
- 例1: 3部屋あるうちの1部屋が、雨漏りや壁の崩落で使えなくなった。 → この場合、使えなくなった部屋の面積割合などに応じて、家賃が減額されます。例えば、家賃の3分の1が減額される、といった形です。
- 例2: トイレやお風呂が故障し、使用できなくなった。 → 生活に必須の設備が使えないため、これも大幅な減額の対象となります。
- 全部使用不能の場合:
- 例: 建物全体が大きく損壊し、倒壊の危険があるため、行政から避難指示が出て住むこと自体が不可能になった。 → この場合は、修理が完了して再び住めるようになるまでの期間、家賃の支払い義務は全額免除されます。
大家さん・管理会社との交渉
法律で定められているとはいえ、減額の具体的な割合については、最終的に大家さんとの話し合いで決めることになります。
- 冷静な協議: 被害状況の写真など客観的な証拠を元に、「これだけの被害が出ているため、民法の規定に基づき、家賃の〇割減額(あるいは全額免免除)をお願いしたい」と、冷静に交渉しましょう。
- 合意内容の書面化: もし家賃の減額や免除で合意できたら、その内容(減額の割合、期間など)を記載した合意書などの書面を取り交わしておくと、後のトラブル防止に繋がります。
住めない状態であるにもかかわらず家賃を請求されるようなことがあれば、それは不当な要求である可能性が高いです。自分の権利を正しく理解し、毅然とした態度で交渉に臨むことが重要です。
5. 修理費用は誰が負担するのか
アパートが被災した場合、建物の修理にかかる費用は、原則としてオーナーである大家さん(貸主)が負担します。これは、大家さんが入居者に対して、安全に住める状態の住居を提供する義務(修繕義務)を負っているためです。
大家さん(貸主)の修繕義務
民法第606条では、「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う」と定められています。
- 災害による損壊: 地震や台風によって損壊した壁や屋根、窓ガラス、共用部の設備などは、入居者が安全に「使用収益する」ために修理が必要な箇所です。
- 費用の負担者: したがって、これらの修理費用は、大家さんが負担するのが原則です。入居者が修理費用を請求されることは、基本的にはありません。
入居者(借主)が負担するケースはあるのか?
入居者が修理費用を負担しなければならないのは、その損壊が「入居者の故意・過失」によるものである場合に限られます。
- 例:
- 台風対策を怠り、窓を開けっ放しにしていたために、雨が吹き込んで床が水浸しになり、張り替えが必要になった。
- 地震の揺れで倒れた家具が、入居者の置き方が悪かったせいで壁に穴を開けてしまった。
しかし、これはあくまで例外的なケースです。大規模な自然災害による建物の根本的な損壊については、入居者に責任が問われることはまずありません。
修理の進め方と注意点
- 勝手に修理しない: 被害を発見しても、大家さんの許可なく、自分で業者を手配して修理を進めてはいけません。費用を負担してもらえない可能性があります。まずは大家さん・管理会社に報告し、対応を待つのが原則です。
- 緊急時の応急処置: 雨風が吹き込んでくるなど、被害の拡大を防ぐためにやむを得ず応急処置(例:ブルーシートで窓を塞ぐ)をした場合は、その際にかかった費用の領収書を保管しておき、後で大家さんに請求できるか相談しましょう。
- 修理が遅れる場合: 大家さんがなかなか修理をしてくれない場合は、まず内容証明郵便などで正式に修理を要求します。それでも対応がない場合は、入居者自身で修理業者を手配し、その費用を後の家賃と相殺する、といった手段も法的には考えられますが、トラブルに発展しやすいため、まずは弁護士や自治体の相談窓口に相談するのが賢明です。
結論として、災害による建物の修理費用は、大家さんが負担するのが大原則です。入居者は、被害状況を速やかに報告する義務はありますが、修理費用を心配する必要は基本的にありません。
6. 家財道具の被害は火災保険(家財保険)で補償される
災害によって被害を受けるのは、建物だけではありません。テレビや冷蔵庫、パソコン、洋服といった、あなたの「家財道具」も大きな損害を被る可能性があります。こうした家財の被害を補償してくれるのが、入居時に加入した火災保険(家財保険)です。
火災保険の補償範囲
「火災保険」という名称ですが、その補償範囲は火災だけにとどまりません。多くの火災保険(家財保険)は、以下のような自然災害による家財の損害もカバーしています。
- 風災・雹(ひょう)災・雪災:
- 例: 台風の強風で窓ガラスが割れ、そこから吹き込んだ雨でテレビやパソコンが壊れてしまった。
- 水濡れ:
- 例: 上の階の給排水管が地震で破損し、水漏れが発生。自分の部屋の家具や衣類が水浸しになった。
- 水災:
- 例: 集中豪雨で川が氾濫し、アパートの1階が床上浸水。家財道具一式が使えなくなった。(※水災補償はオプションの場合もあるため、契約内容の確認が必要です)
- 破損・汚損:
- 例: 地震の揺れで、食器棚から食器が落ちて割れてしまった。
【重要】地震保険は別途加入が必要
ここで最も注意すべき点は、地震・噴火またはこれらによる津波を原因とする損害(例:地震の揺れ自体による家具の転倒・破損)は、通常の火災保険では補償されないということです。これらの損害をカバーするためには、火災保険に付帯する形で「地震保険」に加入している必要があります。
賃貸契約時に不動産会社から勧められる保険には、この地震保険が含まれているか、必ず確認しましょう。
保険金請求の手順
もし家財に被害が出た場合は、以下の手順で速やかに保険会社に連絡しましょう。
- 保険証券の確認: 加入している保険会社と連絡先、契約内容を確認します。
- 保険会社への連絡: 契約者本人から、被害の状況を連絡します。事故受付センターは24時間対応していることが多いです。
- 被害状況の記録:
- 写真を撮る: 損害を受けた家財の写真を、様々な角度から撮影します。被害の程度がわかるように撮ることが重要です。
- 被害品リストの作成: 被害に遭った家財の品名、購入時期、購入金額などをリストアップします。
- 保険金の請求: 保険会社から送られてくる書類(保険金請求書、損害明細書など)に必要事項を記入し、撮影した写真や、修理にかかる場合は見積書などを添えて提出します。
- 損害額の査定・保険金の支払い: 保険会社が損害の状況を調査(現地調査に来る場合もあります)し、支払われる保険金額が決定・入金されます。
壊れた家財は、保険会社の指示があるまで勝手に捨てないでください。損害査定の対象となります。建物は大家さんの責任、家財は自分の保険で、と役割分担を理解しておくことが、スムーズな生活再建に繋がります。
7. 半壊・全壊した場合の賃貸契約の行方
アパートの損壊が激しく、修理して住み続けることが困難な「半壊」や「全壊」の状態になった場合、その賃貸契約は今後どうなるのか、という重大な問題に直面します。この点についても、法律でルールが定められています。
原則:建物が使用不能になれば、賃貸契約は終了する
民法第611条第1項では、賃貸物の一部が滅失等で使用できなくなった場合の家賃減額について定めていますが、同条第2項では、残りの部分だけでは賃借人が賃借をした目的を達することができない場合、賃借人は契約の解除をすることができるとされています。
さらに、2020年の民法改正により、賃貸物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃貸借は、これによって終了すると明確に規定されました(民法第616条の2)。
これを災害のケースに当てはめると、以下のようになります。
- 全部滅失(全壊)の場合:
- 建物が倒壊するなど、物理的に存在しなくなった場合や、倒壊はしていなくても、損傷が激しく居住が不可能な「全壊」状態と判断された場合。
- この場合、賃貸借契約は、話し合いや手続きを経ずとも、その時点で法律上、当然に終了します。
- 一部滅失だが目的を達せられない(半壊など)場合:
- 建物の一部は残っているものの、大規模な修繕が必要で、とても住み続けられる状態ではない「半壊」のようなケース。
- この場合、入居者(あなた)は、大家さんに対して契約の解除を申し入れることができます。通常、大家さんもこの申し入れを拒むことはありません。
契約終了に伴う金銭の清算
賃貸契約が終了した場合、すでに入居時に支払っている敷金などはどうなるのでしょうか。
- 敷金の返還: 敷金は、本来、家賃滞納や退去時の原状回復費用に充てるために預けているお金です。災害によって契約が終了した場合は、これらの債務は発生しないため、原則として全額返還されるべきものです。
- 前払い家賃: もし、被災した月の家賃をすでに支払っている場合は、被災して住めなくなった日数分の日割り家賃が返還される可能性があります。
大家さんとの合意形成
法律上のルールは上記の通りですが、実際には「半壊」の程度の判断など、見解が分かれるケースもあり得ます。最終的には、大家さん・管理会社と今後の契約をどうするかについて、冷静に話し合うことが重要です。
- 合意解約: お互いの状況を理解し、双方合意の上で契約を解約する「合意解約」の形を取るのが最もスムーズです。その際は、解約日、敷金の返還額などを明記した「合意解約書」などの書面を作成しておくと、後のトラブルを防げます。
建物が大きく損壊した場合は、残念ながらそのアパートでの生活を諦めなければならない可能性が高いです。物理的にも、そして法的な意味でも、一つの区切りとして契約関係を清算し、次のステップに進む準備を始める必要があります。
8. 避難生活中の仮住まいの費用
アパートが被災し、修理が終わるまでの一時的な避難や、全壊・半壊によって新たな住居を探さなければならなくなった場合、その仮住まいにかかる費用(ホテル代や新しいアパートの契約金など)は、原則として自己負担となります。
大家さんに仮住まいの費用を請求できるか?
自然災害は、大家さんにとっても予測不可能な不可抗力です。そのため、大家さんは建物を修繕する義務は負いますが、被災した入居者の避難先を確保したり、その費用を負担したりする法的な義務まではありません。
- ホテル代やウィークリーマンション代: 修理期間中の宿泊費を大家さんに請求することは、基本的にはできません。
- 新しい住居への引越し費用: 契約が終了し、別の賃貸物件へ引っ越す際の仲介手数料や礼金、引越し業者への支払いなども、自己負担が原則です。
大家さんもまた被災者の一人である、という視点を持つことも重要です。稀に、大家さんのご厚意で、見舞金や代替住居の斡旋をしてもらえるケースもありますが、それはあくまで例外的な対応と考えるべきです。
費用負担を軽減するための公的支援・保険
自己負担が原則とはいえ、その負担を軽減するためのセーフティネットは存在します。
- 公的な応急仮設住宅:
- 災害救助法が適用されるような大規模災害の場合、国や自治体は、被災者のために*応急仮行住宅(プレハブ仮設住宅など)を建設・提供します。
- また、「みなし仮設」として、民間の賃貸住宅を自治体が借り上げ、被災者に無償で提供する制度もあります。
- 火災保険(家財保険)の臨時費用保険金:
- 加入している火災保険の契約内容によっては、「臨時費用保険金」が支払われる場合があります。これは、損害保険金とは別に、被災後の臨時的な出費(仮住まい費用や当面の生活費など)を補うために支払われる見舞金的な位置づけのものです。契約内容をよく確認してみましょう。
- 公的な支援金:
- 後述する「被災者生活再建支援制度」など、生活の立て直しを目的とした支援金が支給される場合があります。これらを仮住まいの費用に充当することができます。
災害時の出費は、精神的にも経済的にも大きな負担となります。まずは公的な避難所などで当面の安全を確保しつつ、利用できる制度がないか、自治体の窓口に積極的に相談することが重要です。諦めずに情報を集めることが、生活再建への道を開きます。
9. 公的な支援制度(罹災証明書・被災者生活再建支援制度)
災害によって住まいや生活に大きな被害を受けた場合、国や自治体による様々な支援制度を利用することができます。これらの支援を受けるための最初の、そして最も重要なステップが、「罹災(りさい)証明書」の取得です。
【STEP 1】罹災証明書の申請・取得
- 罹災証明書とは?:
- 災害によって、あなたの住んでいた建物がどの程度の被害を受けたのか(「全壊」「大規模半壊」「半壊」「一部損壊」など)を、市区町村が客観的に証明する公的な書類です。
- なぜ必要か?:
- 後述する「被災者生活再建支援制度」をはじめ、税金の減免、公的融資の申し込み、応急仮設住宅への入居、義援金の配分など、あらゆる被災者支援制度を利用する際の基本となる証明書となります。
- 申請方法:
- お住まいの市区町村の役場(防災課など)の窓口で申請します。申請には、本人確認書類や印鑑などが必要になる場合があります。
- 申請後、自治体の職員が現地調査を行い、被害の程度を判定した上で、証明書が発行されます。建物の被害状況を撮影した写真は、この判定の際の参考資料としても役立ちます。
【STEP 2】被災者生活再建支援制度の活用
罹災証明書が交付されたら、具体的な支援金の申請に進みます。その代表的なものが「被災者生活再建支援制度」です。
- 制度の概要:
- 自然災害により、住宅が全壊するなど、生活基盤に著しい被害を受けた世帯に対して、国の支援金(被災者生活再建支援金)が支給される制度です。
- 対象となる世帯:
- 住宅が「全壊」した世帯
- 住宅が「大規模半壊」した世帯
- 住宅が半壊し、やむを得ず解体した世帯(「半壊解体」) など、被害の程度に応じて対象が決まります。賃貸アパートの入居者も、もちろん対象となります。
- 支給される支援金:
- 支援金は、被害の程度に応じて支払われる「基礎支援金」と、その後の住宅の再建方法に応じて支払われる「加算支援金」の2段階で構成されています。
- 例えば、賃貸住宅に住んでいた世帯が「全壊」と判定された場合、最大で合計300万円(世帯人数による)の支援金が支給される可能性があります。(※金額は制度改正により変動する可能性があります)
その他の支援制度
- 災害弔慰金・災害障害見舞金: 災害により死亡された方のご遺族や、精神・身体に重度の障害を負われた方に対して支給されます。
- 災害援護資金の貸付: 生活の立て直しに必要な資金を、低利または無利子で借り入れることができる制度です。
これらの制度は、法律に基づいて保障されたあなたの権利です。被災後は心身ともに疲弊し、手続きが億劫に感じるかもしれませんが、必ずお住まいの自治体の窓口に相談し、利用できる制度は全て活用するという意識を持つことが、生活再建を力強く後押しします。
10. 災害に強い物件選びのポイント
これまでの章では、災害に遭ってしまった後の対処法について解説してきました。しかし、最も望ましいのは、そもそも災害による被害を受けにくい、安全性の高い物件を事前に選んでおくことです。今後の住まい探しの際には、ぜひ以下のポイントをチェックしてみてください。
【POINT 1】地盤と立地の確認
建物の安全性は、その土地の成り立ち(地盤)と立地に大きく左右されます。
- ハザードマップの確認:
- 各自治体が、洪水・津波による浸水想定区域、土砂災害警戒区域、液状化の可能性が高い区域などを地図上に示した「ハザードマップ」を公開しています。物件選びの際には、必ずこれを確認し、リスクの高いエリアを避けるのが基本です。
- 地名の由来:
- 「沼」「沢」「谷」「川」といった水にまつわる漢字や、「蛇」といった文字が使われている地名は、かつて湿地や川であった可能性があり、地盤が軟弱な場合があります。古地図や地名の由来を調べてみるのも参考になります。
- 周辺環境:
- 崖の近くや、川沿いの低い土地、埋立地などは、一般的に災害リスクが高いとされています。
【POINT 2】建物の構造と耐震基準
建物の構造や、いつの時代の耐震基準で建てられたかは、耐震性を測る上で極めて重要な指標です。
- 建物の構造:
- RC造(鉄筋コンクリート造)やSRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)は、木造に比べて一般的に耐震性・耐火性・遮音性に優れています。
- 耐震基準の確認:
- 「新耐震基準」: 建築基準法が大幅に改正された1981年(昭和56年)6月1日以降に「建築確認」を受けた建物に適用される基準です。震度6強~7程度の大規模地震でも倒壊・崩壊しないことが目標とされています。
- 「2000年基準」: 2000年には、木造住宅を対象に、地盤調査の義務化や耐力壁のバランスの良い配置などがさらに厳格化されました。
- 物件を選ぶ際は、最低でも1981年6月1日以降に建てられた「新耐震基準」の物件を選ぶことが、命を守る上で非常に重要です。
【POINT 3】管理状態とライフライン
日頃の管理状態や、万が一の際のインフラも確認しておきましょう。
- 共用部の管理状態:
- 廊下や階段にひび割れやサビが放置されていないか、定期的なメンテナンスが行われている様子があるかを確認します。管理状態の良い物件は、災害時にも迅速な対応が期待できます。
- 電気・ガス・水道:
- プロパンガスは、都市ガスに比べて災害時の復旧が早いと言われています。また、敷地内に井戸や貯水タンクがある物件は、断水時に役立つ可能性があります。
災害に100%安全な物件というものは存在しません。しかし、リスクを正しく評価し、より安全性の高い選択を積み重ねること。その事前の備えこそが、あなたとあなたの大切な家族の未来を守るための、最も確実な防災対策となるのです。